差別の歴史アーカイブ

日本の近代以降の移民労働者政策と差別構造:日系人受け入れと技能実習制度を中心に

Tags: 移民, 労働問題, 差別, 政策, 技能実習制度, 日系人

はじめに

日本社会における移民・外国人労働者の受け入れは、近代以降の労働力需要と国際関係の変化に密接に関わってきました。しかし、その歴史を紐解くと、労働力としての側面が強調される一方で、人権や社会統合の視点が軽視されがちであった結果、様々な形態の差別構造が生み出されてきたことが明らかになります。本稿では、特に戦後、経済成長期を経て顕著となった外国人労働者の受け入れ、中でも日系人受け入れと技能実習制度に焦点を当て、これらの政策がどのように差別を生み、社会構造に影響を与えてきたのかを歴史的、社会学的な視点から分析します。

近代日本の労働力移動と戦後の政策展開

日本の近代化において、海外への移住(ハワイ、北米、南米などへの出稼ぎ移民)は労働力過剰と貧困の解消策として位置づけられてきました。これは、海外へ労働力を「送り出す」政策であり、国内への労働力流入とは性質が異なります。

戦後、高度経済成長期を迎える中で、特定の産業分野で労働力不足が顕在化しましたが、当時の日本は本格的な移民国家への移行には否定的であり、非熟練労働者の受け入れには慎重でした。しかし、バブル経済期の労働力不足は深刻化し、特に建設業や製造業といった特定の産業において、外国人労働力への依存が高まります。この時期に注目されたのが、南米諸国に居住する日系人(日本からの移民の子孫)でした。

日系人受け入れ政策とその光と影

1990年の出入国管理及び難民認定法(入管法)改正により、日系二世、三世とその配偶者には就労活動の制限がない在留資格が付与されました。これは、ブラジルなどを中心とした南米諸国の経済状況の悪化も相まって、多くの日系人が「デカセギ」(出稼ぎ)として日本へ来る契機となりました。この政策は、日本語や日本文化への一定の親和性を持つ日系人を「外国人労働者」としてではなく、「日本につながりのある人々」として位置づけ、社会統合上の摩擦が少ないという期待に基づいていたとも言われます。

しかし、現実には日系人労働者の多くは、製造業の工場などで単純作業に従事し、多くの場合、派遣会社を介して雇用されました。不安定な雇用形態、低賃金、劣悪な労働環境、社会保険への未加入といった労働条件の課題に加え、言葉の壁や文化的な違いから地域社会で孤立するケースも少なくありませんでした。学校における日系人の子供たちの教育問題も深刻化しました。法的には就労制限がないにもかかわらず、労働市場における周縁化や社会からの排除といった、実質的な差別構造の中に置かれたのです。この時期の日系人労働者は、景気変動の影響を強く受けやすく、「調整弁」としての役割を担わされる側面がありました。

技能実習制度の導入とその構造的課題

日系人受け入れと並行して、あるいはそれを補完する形で拡大されたのが、外国人技能実習制度です。この制度は建前上、「開発途上地域等への技能等の移転による国際協力の推進」を目的としていますが、実質的には中小・零細企業における労働力不足を補う機能も果たしてきました。1993年に法務省・厚生労働省管轄の制度として創設され、その後対象職種や国籍を拡大しながら現在に至っています。

技能実習制度は、その制度設計自体が差別や労働搾取を生みやすい構造的課題を内包しています。 1. 目的と実態の乖離: 国際貢献という建前と、低賃金労働力の確保という実態との間に大きな乖離があります。 2. 監理団体と受け入れ企業への依存: 実習生は日本の監理団体や受け入れ企業に強く依存する立場に置かれます。パスポートの保管、外出制限、私生活への干渉といった人権侵害事例も報告されています。 3. 転籍の制限: 原則として受け入れ企業を変更することが認められていないため、実習生は劣悪な労働条件やハラスメントに耐えざるを得ない状況に追い込まれがちです。賃金未払い、長時間労働、労働災害の隠蔽といった事例が多数報告されています。 4. 社会保障からの排除: 一部の実習生は社会保険等から適正に排除される、あるいは制度を知らされないまま不利益を被るといった問題も指摘されています。 5. 「技能移転」の実態: 実際に行われている作業が、必ずしも母国で活用できる高度な技能習得につながるとは限らないという指摘もあります。

これらの構造的問題により、技能実習生はしばしば過酷な労働環境に置かれ、労働者としての権利が十分に保障されない状況が発生しています。これは、国籍や在留資格に基づく制度的な差別であると言えます。

社会への影響と構造分析

近代以降の日本の移民労働者政策、特に日系人受け入れや技能実習制度は、日本社会に複数の影響を与えています。

第一に、労働市場の二重構造化を深化させました。外国人労働者は、日本人労働者が敬遠する「3K(きつい、汚い、危険)」とされる産業分野を中心に配置され、しばしば不安定かつ低賃金の非正規雇用に置かれました。これにより、労働市場全体の下層部分が外国人労働者によって担われる構造が強化されました。これは、労働力を属性(国籍、在留資格)によって区分し、異なる労働条件を適用するという、労働市場におけるエスニック・セグリゲーションの一形態と捉えることができます。

第二に、社会統合の課題を顕在化させました。一時的な労働力としてのみ捉え、社会インフラ(教育、医療、住居、言語支援など)の整備や地域社会との相互理解を怠った結果、外国人労働者とその家族の孤立を招き、様々な社会問題を生じさせました。これは、外国人住民を「ゲスト」として扱い、「メンバー」としての権利や機会を十分に保障しない社会の側の構造的問題を示唆しています。

第三に、人権意識と法の支配に関わる問題を提起しました。技能実習制度における人権侵害や労働法違反は、日本の労働基準や人権保障体制の脆弱性を露呈しました。制度自体が労働者の権利を制限する側面を持つことで、差別の再生産構造が法的に担保されているという批判も存在します。

これらの事例は、単なる個人の偏見による差別だけでなく、国家の政策、法制度、産業構造といったシステムそのものが差別を生み出し、維持する制度的差別(institutional discrimination)としての側面が強いことを示しています。労働力としてのみ需要に応じて受け入れ、権利や社会統合への配慮を欠くという構造は、外国人労働者を社会の周縁に位置づけ、差別や排除の対象としやすい土壌を作り出してきました。

まとめ

日本の近代以降の移民労働者政策、特に日系人受け入れと技能実習制度は、経済的な労働力需要に応える形で展開されてきましたが、その制度設計や運用においては、労働者としての権利保障や社会統合への配慮が不十分であり、構造的な差別を生み出す要因となってきました。日系人労働者の労働市場における周縁化、技能実習制度における人権侵害や労働搾取といった問題は、これらの政策が内包する本質的な課題を示しています。

これらの事例は、グローバル化が進む現代社会において、労働力移動と人権、社会統合の問題が切り離せない関係にあることを改めて認識させます。差別構造の解消には、単に個人の意識を変えるだけでなく、労働法規の遵守徹底、外国人住民に対する社会保障や教育機会の平等な保障、そして何よりも、労働者を「物」としてではなく「人」として尊重し、権利を保障するという基本的な考え方に基づいた政策と社会システムの再構築が不可欠です。これらの歴史的経験から学び、より公正で包容的な社会を構築していくことが求められています。