差別の歴史アーカイブ

戦後日本における刑務所出所者に対する差別の構造:更生保護政策と社会的スティグマを巡る分析

Tags: 差別, 刑務所出所者, 更生保護, 社会的スティグマ, 社会統合, 戦後日本, ラベリング理論

導入

刑務所からの出所者が円滑に社会へ復帰することは、個人の更生と人権の保障に関わる重要な課題であると同時に、再犯の抑制を通じた社会全体の安全確保にも資する喫緊の課題です。しかしながら、過去の犯罪歴に対する根強い社会的スティグマや、雇用、住居、地域社会における様々な障壁により、多くの出所者が社会復帰に困難を抱えており、これが構造的な差別として現れる側面が見られます。

本稿では、戦後日本における刑務所出所者を取り巻く状況、すなわち彼らが直面してきた社会的スティグマと構造的な排除の歴史的展開を、更生保護政策の変遷との関連において分析します。特に、戦後日本の社会経済構造の変化、法制度・政策の影響、そしてスティグマやラベリングといった社会学的な概念を用いて、この問題の根源にある差別構造を考察し、真の意味での社会統合に向けた課題を提示します。

戦後日本における刑務所出所者を取り巻く状況と更生保護制度の展開

戦後日本の混乱期は、社会経済的な不安定さから犯罪が増加し、治安維持が重要な課題となりました。このような状況下で、犯罪からの立ち直りを支援し、再犯を防止するための制度として、更生保護制度が整備されていきました。1949年には犯罪者予防更生法が制定され、保護観察、更生保護施設、そして民間協力者である協力雇用主による支援などが制度化されました。これは、刑罰による応報のみならず、社会内での更生を目指すという理念に基づくものでした。

しかし、制度が整備される一方で、刑務所出所者に対する社会の目は依然として厳しく、社会復帰への道は平坦ではありませんでした。高度経済成長期を経て社会全体が豊かになるにつれて、一度社会のレールから外れた人々に対する排除の傾向が強まったという指摘があります。終身雇用を前提とした雇用慣行や、家父長制度に根差した家族や地域コミュニティの機能が、出所者の再統合を阻む要因となる場合がありました。

バブル崩壊後の長期的な経済低迷期に入ると、雇用情勢の悪化は一層深刻化し、刑務所出所者の就職は極めて困難になりました。非正規雇用の増加、地域コミュニティの希薄化といった社会構造の変化は、出所者が安定した生活基盤を築く上での新たな障壁を生み出しました。また、住居の確保も大きな課題であり、保証人の問題や家主の偏見により、アパート等の賃貸契約が困難となるケースが少なくありませんでした。生活保護の受給においても、住所不定であることなどが壁となり、申請がスムーズに進まない事例も報告されています。

社会的スティグマの形成と構造的排除

刑務所出所者が直面する困難の核心には、過去の犯罪行為に対する社会的スティグマの存在があります。社会学者のアーヴィング・ゴフマンが論じたように、スティグマとは、個人を「正常」な他者から区別し、信用の失墜をもたらす属性であり、刑務所出所者にとっての「元犯罪者」というラベルはその典型例と言えます。このラベルは、その後の社会的な相互作用において、彼らをネガティブな属性を持つ者として見なし、信頼や機会を剥奪する根拠として機能します。

メディアによる事件報道は、特定のレッテル貼りを強化し、社会全体の意識に影響を与える側面を持ちます。センセーショナルな報道は、犯罪行為と特定の属性を結びつけ、刑務所出所者全体に対する漠然とした不安や不信感を助長する可能性があります。このような集合的な感情は、個別の出所者に対する偏見や差別へと繋がりやすい状況を生み出します。

スティグマがもたらす具体的な影響は多岐にわたります。就職活動においては、履歴書の賞罰欄や面接での質問により、過去の犯罪歴が不利に働くことが一般的です。公正な採用選考を妨げる要因となることも指摘されています。住居確保の困難さ、地域社会での噂話や避けられるといった経験、家族や親族への偏見の波及など、スティグマは出所者の生活全般に深く影響を及ぼし、社会からの孤立を深める要因となります。

さらに、スティグマは単なる個人の偏見にとどまらず、法制度や慣行といった社会構造の中に組み込まれることで、構造的な排除を再生産します。特定の職業への就業制限はその一例であり、再犯防止や公共の安全を目的とする側面がある一方で、社会復帰を目指す出所者の機会を制限する効果を持ちます。

近年の犯罪被害者支援の機運の高まりは、社会における「犯罪者」に対する厳しい視線を強める側面もあります。犯罪被害者の保護と出所者の社会復帰支援は、本来両立し得るべき目標ですが、感情的な対立や資源の配分を巡る議論において、出所者支援が後景に追いやられたり、更生に向けた努力よりも過去の行為が強調されたりする傾向が見られる場合があります。犯罪被害者等基本法の制定以降、被害者の権利擁護は進展しましたが、これが出所者の社会復帰に向けた環境整備との間でどのような影響を与えているのか、継続的な分析が必要です。

分析と考察:ラベリング理論と社会統合の視点

刑務所出所者に対する差別を社会学的に分析する上で、ラベリング理論は有効な視点を提供します。ハワード・ベッカーらが展開したこの理論によれば、逸脱は行為そのものの属性ではなく、社会が集団や個人の行為に対して「逸脱的である」というラベルを貼るプロセスを通じて生じます。刑務所出所者というラベルは、社会が彼らに貼る強力なラベルであり、このラベルが一度貼られると、その後の社会生活において自己概念や他者からの扱いが大きく変化し、逸脱的な役割へと固定化される危険性(二次的逸脱)を孕んでいます。

社会的スティグマは、このラベリングの帰結として現れる構造的な現象です。スティグマは個人の属性だけでなく、社会的な相互作用や制度、文化的な規範を通じて形成・維持されます。したがって、刑務所出所者に対する差別は、単に個々の人々の偏見の問題ではなく、社会全体の意識構造や既存の制度が再生産する構造的な問題として捉える必要があります。

社会統合の視点(D. Lockwood, N. Luhmann, Y. Tominagaら)から見れば、刑務所出所者が社会の構成員として受け入れられ、役割を果たすことができるか否かは、社会全体の安定と持続可能性に関わります。彼らを社会から排除し続けることは、人的資源の損失であるだけでなく、再犯リスクの増大や、社会的不安の拡大といった形で社会全体にコストを強いることになります。社会的排除(social exclusion)は、単に経済的な貧困だけでなく、社会関係からの孤立や社会参加の機会の剥奪を含意しており、刑務所出所者はこの社会的排除の周縁に置かれやすい集団と言えます。真の社会統合は、刑務所出所者が過去の行為を超えて、社会の一員として再び包摂されるプロセスを目指す必要があります。

地域社会における支援は、社会統合を実現するための重要な鍵となります。保護司、更生保護施設職員、協力雇用主、そして地域住民の理解と協力は不可欠です。しかし、地域住民の間に根強い不安や偏見が存在する場合、協力的な関係を築くことは困難です。NPOやボランティア団体による草の根の活動は、個別の支援においては有効であるものの、構造的な差別全体を解消するには限界があります。地域社会における理解促進活動や、出所者と地域住民が自然に関われる機会を創出する取り組みなどが求められています。

まとめ

戦後日本において、刑務所出所者は、法制度に基づく更生保護の枠組みが存在する一方で、根強い社会的スティグマと社会構造による排除に直面してきました。社会経済状況の変化は、彼らの社会復帰を一層困難にし、雇用の不安定化や住居問題といった具体的な困難を増幅させています。

この問題は、単なる個人の立ち直りの問題としてではなく、ラベリング理論やスティグマ理論といった社会学的な視点から分析されるべき、差別や社会的排除といった構造的な問題として捉える必要があります。刑務所出所者に対する差別を克服し、彼らを社会の一員として包摂していくことは、真の意味での社会統合を実現し、より公正で安全な社会を構築するための重要な課題と言えます。今後の社会においては、制度改革に加え、社会全体の意識改革、そして地域社会における理解と支援の強化が不可欠であると考えられます。